2009年9月24日 (木)

『博士の愛した数式』

小川洋子『博士の愛した数式』(新潮文庫)を読みました。
博士はチャーミングです。まぁ好きか嫌いかと問われたら、好きな小説です。

んーでもなにか物足りないんだよな。
私としては、せっかく数学をテーマに物語をつくるなら、もっと数学の面白さや美しさを具体的にストーリーに絡めてほしかった。
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Suushiki_3 野球選手の背番号「28」が完全数だとか、時計のシリアル「284」と誕生日「220」が友愛数とか、そんなのは唐突にとってつけたようなもの。そんなエピソードはあってもなくてもストーリーは変わらないと思う。博士が気づいて口に出すか出さないかだけの違い。
そうではなくて、せっかく取り入れるなら、たとえば…
友愛数を物語に取り入れるなら、例えば銀行の受付番号札が「220」と「284」の博士と夫人が出会うとか。
「28」の封筒を開けたら、欲しかった野球カードが入ってたとか。
その数字に出会ったことによって後のストーリーが劇的に変化していくほうがおもしろいと思う。

あと、友愛数とか完全数とかそんな専門めいた言葉を使わなくても、もっと分かりやすい数字を使って、博士のキャラクターや生活ぶりを文学的に表してほしかった。
たとえば、博士の言葉は数学だというくらいなら、割り切れない思いを「割り切れない」とかけて「100÷3」を口癖にするとか。
博士に三平方の定理を入れたサンドイッチを作ってあげるとか。
博士のコレクションカードの完璧さを黄金比で表すとか。

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んーなんだろ、数学の美しさは日常生活の中にあふれてるし、詩的な美しさも持ってるんだよってのを、具体的かつ必然的にストーリーに入れてほしかったというのかなぁ。

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2009年9月12日 (土)

『悼む人』

いまさらですが、天堂荒太『悼む人』(文藝春秋)を読みました。
話題になっている小説って、話題のさなかには読まないようにしています。
話題が話題を呼ぶ相乗効果で、傑作じゃなくても売り上げ数に影響し、ベストセラーとして計上される場合があると思うから。だからこの『悼む人』も、流行った当初は読みませんでしたが、貸してくれた人がいたので今週読んでみました。

もう5年くらい前、題名も著者名も忘れてしまった随筆の冒頭で、「死者はやがて数になる。数はやがて点になる。」というような言葉で、世界各地の紛争で失われる命を憂いている文言がありました。おそらく直接のつながりはない著書だったんだろうけど、今回この『悼む人』を読む中で、その随筆を思い出しました。

Itamuhito 世界各地で尊い命が失われているのに、自分は平和な日々に安穏として生きているなぁ…
ニュースを見て悲しい事件に心を痛めても、時間がたつと忘れてしまうなぁ…
と、考えたことがあったわけです。もしかしたら、こんなこと多くの人が一度は考えたことがあるのではないかとも思います。
「悼む人」は、そんな思いを悲しいくらい律儀に行動にあらわしているんだなぁと、率直に思いました。

登場人物は、見も知らない人の死を悼んで歩く「悼む人」を、肯定したり、批判したり、様々ですが、今の私にはそのどちらの立場も取れませんでした。
今は、もし私が死んだら恐らく泣いてくれるだろう人たちがいる。でもいつか歳をとったとき、もしかしたら自分の生きた軌跡に今とは違う執着があったりして、誰でもいいから自分という存在を覚えていてほしいと願うようになるかもしれない。それは全く予測のつかないことだからです。

でも大切なことは、自分という存在が生きていたという事実は「誰かの記憶」にとどめておくことが大切なんじゃなくて、それより、自分の生きた形跡がこの世のどこかに残ることなんじゃないかとも思いました。
たとえば、役に立つ発明をする、画期的なアイディアを世に出す、など。
いや、そんな世間的に大きなことでなくてもいいと思う。
本書の中では、助産師が夜中に子どもを取り上げるために出かけて、帰りに居眠り運転で死んだけど、助産師の命と引き換えに新しい命がこの世に出た、というくだりがあります。
これももしかしたら、一人の人間の生きた跡が世に残ったということなのかもしれません。
そう考えると、自分は時代につながる人間を育てる職についているから、そういった形で自分の生きた形跡を残せないか…どう生きていくべきか…
なんて考えていました。

辛くなるような死と隣り合わせの物語の中で、愛とか生きるとかいうことについて、考えさせられました。
あ、結婚や出産を間近に控えている方は、絶対に読まないほうがいいです。

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2009年9月 2日 (水)

『教えるということ』

尊敬する主幹教諭に薦められ、読みました。
大村はま『教えるということ』(ちくま学芸文)。

教職がいかに責任重大で難しく、際限のない職であるかを示され、また自分への甘さと自分自身の甘さを突き付けられたような気がして、少し苦しくなりました。(^^;
でも教壇に立つ者として本当に大切なこと、漠然と気づいてはいたけれど明言化できていなかったことを代弁して教えてくれるような内容で、本当に読んでよかったと思います。

中学の国語の先生なので、取り上げる例は国語の作文などが多いのですが、子どもの学びだとか、表現という意味では、教科の科目を超えて図工やその他にも言えること。
はっとする発見が多かったし、自分の指導力に求めるものが何だったかというのも気付けました。Book_ashierutoiukoto ヒートアップしてしまいそうなので、詳しくは書きませんが。

でも一つだけ簡単に言うと、教材研究にかける時間や心構え、思い入れや遣り甲斐が、ぐっと変わりました。
子どもを見る目に、深い敬意が加わりました。

よい本というのは、このように、何か一つでも自分の何かを変えてくれるような本だと思います。
before、after...というように。

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2009年5月29日 (金)

『生きて死ぬ私』

久々に本の紹介、茂木健一郎『生きて死ぬ私』(ちくま文庫)。

人生の教訓めいた内容か?と疑ってしまうような、へヴィなタイトルですが、もう何年も前の茂木さんのエッセイです。
『脳』という器官を題材に、生きるというのはどういうことか?と、茂木さんの哲学が述べられている。茂木さんは、こんなことを考えてるのか…私は読んでいて純粋に楽しめた。

ただ、一読しただけじゃ、彼がこの本を通して何を言いたかったのかつかめなかった。

なので、思うところはたくさんあったんだけど、詳しい感想は書かないでおきます。

でも一言だけ。
自分の立場を明らかにしつつも、科学的に解明されていない領域を否定しきっていないところが、流石だなと思いました。
だけどやっぱり、唯物論者なんだなぁとも。
…読んでみれば私の言いたいこと、わかると思います。   

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2009年4月29日 (水)

カノウユミコさんの菜菜シリーズ

最近活用しているカノウユミコさんのレシピ本です。

順に『菜菜ごはん』、『ますます菜菜ごはん』、『菜菜ランチ』(柴田書店)。
「え?この野菜とこの調味料が、合うの?!」っていう驚きのレシピもあるんですが、
実際に作ってみるとおいしいんです。

野菜料理はヘルシーでいいですね。

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2009年3月28日 (土)

『アインシュタインの夢』

Ain_2 しばらく本を読んでいない気がしますが、アラン ライトマン著、 浅倉 久志訳『アインシュタインの夢』(ハヤカワ書房,2002)。

タイトルを見て、アインシュタインが昔どのような野望を抱いて生きていたかという、伝記を期待してました。でも、実際は「時間」を題材にした短編小説集です。
だから伝記的な内容を期待して読むと、大ハズレかも。
でも、物理学者が著書なので、なるほど「時間」を物理化学的に扱ってフィクションを書いている。文学作品として愉しみながらも、物理的な視点で時間をとらえながら読んだらより深い味わい方のできる内容なのかも。

様々な「時間」が存在する世界を描いています。たとえば…

世界の終わりを皆が知っている世界、
人々が無限に生きることができる世界、
原因と結果が逆になったりして安定してない世界、
地球の中心から遠くに行けばいくほど時間がゆっくり流れる世界、
時間のサイクルが円環状で歴史が永遠に繰り返される世界、
時間が逆に流れて古いものがどんどん新しくなる世界
など、、、

とくに考えさせられたのが、人々が無限に生きることのできる世界。(無限といっても9万年とか期限があったかも。うろ覚え)
この世界では、人は2通りに分かれる。
①人生は無限だから、色々なことを全部やろうと思って焦って生きている人々。
②人生は無限だから、いつでも何でもできると思って何もしないで生きている人々。
どちらのほうが、良い生き方だと思いますか?
私たちの生きる世界では、人生は有限なわけですが、人生という時間の使い方について考えさせられます。
自分がもしこの無限人生の世界に生きているとしたら、どっち派になるんだろう。

こうして「時間」ってものをいろんな様相にしてみると、いま私たちが生きてる、この「普通」の時間が流れる世界ってのが不思議に思えてくる。
なぜ時間は、過去から未来に向かって流れるのか。
なぜ時間がたつと、私たちは歳をとるのか。
なぜ時間は、誰もに平等に与えられているのか。・・・
いや、本当に平等に与えられてるんだろうか??
確かにこれらの疑問も、答えを口で言うことは簡単なんです。
でも「時間」について立ち止まって考えることもたまにはいいかなと。

そして私たちの生きる世界で「普通」に時間が流れているということが、とても幸せなことなんだということが分かってきます。

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2009年2月17日 (火)

『この世でいちばん大事な「カネ」の話』

アマゾンでも書店でも、出版社情報でもかなり評判が高かった、西原理恵子『この世でいちばん大事な「カネ」の話』(理論社,2008,)を読んでみました。
著者を全く知らなかったので、数件の書評だけを見て「経済に関する話かな?」と思ったら、全然違った。
それもそのはず、著者はイラストレーターなんですね。
経済の話じゃなくて、う~ん、、、しいていうなら、カネの大切さと恐ろしさを経験から語ったエッセイという感じかな。

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Kanenohanashi 幼いころからの貧乏自叙伝、どん底苦労話が続き、金銭に関してすべて悟ったように述べている感じがして、「こんなに苦労したのよ?」「苦労した私が教訓を語ってあげる」と言われているようで、正直あまり好きになれませんでした。(そんなつもりじゃないであろう著者の方、スミマセン…)
でも中盤以降は、自分の話から日本、世界の貧困の話へと広がっていきます。

バクチの話を読んでいて、私は「金をかけるよりも、人生のほうがよほど大きなバクチじゃないのか?だって生きることって、まんま人生と命か賭けてるw」なんて考えてました。良かれと思って選んだ道が、必ずしも「儲け(=良い結果)」になるとは限らないんだもの…。
なーんて考えてたら、
「どんなギャンブルより、戦場のほうがよっぽど大きいギャンブルだよ。だって、人の生き死にがかかってるんだから」
と、著者の旦那の一言が目に入りました。
言い得て妙。

ところで、カネは本当に怖いと思います。
人を救うことも生かすこともできるけど、人をどん底へ突き落とすことも殺すこともできてしまう。これはほかでもない、人間のもつ「欲」という悲しいサガに直結するからだと思う。

私が過去に出会った恩師で、「男女問題と金銭問題の欲情には気をつけろ」というのが口癖だった人がいました。正しい貞操観念と金銭感覚をもたないと、人生棒に振るぞって、いろんな人生見てきた人だったから、すんごい説得力があったの。
そのことを、この本を読みながら思い出して怖くなった。
いい教訓もらってたなって改めて思った。

自分はきちんとした金銭感覚を持ってるなんて、けっして過信したことは言えないけれど、まぁ周りの社会的地位を築いた大人たちからも「堅実」と言われるほどだから、今のところ危ないことはしてないんじゃないかな…と信じたい(^n^;
あ、別にケチケチ生きてるわけじゃないよ。

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カネの話なんてはしたない、そういう先入観は捨てましょう。
はしたないのは、見境のない邪欲のための儲けの話です。
カネの怖さをきちんと知ることは、大切なことです。
そういう意味では、まぁ気軽に読みやすいし、一般書評が高いのも頷けるのかな。

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2009年2月16日 (月)

『LOVE BRAIN』

Lovebrain 九州行く前くらいに読んだ本。勧められて読んだのですが…
女性からは圧倒的な支持率だった黒川伊保子『LOVE BRAIN』(PHP,2003)。

簡単にいうと、脳科学に携わる著者(女性)が、男女の脳の違いを示しながら男女それぞれのあるべき生き方について語っているのですが…
理論より感情で思考するという「女性脳」の比率が超高い人にはウケがいいんでしょうが、私の肌には合いませんでした。

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左脳と右脳をつなぐ物質、「脳梁」。この脳梁の太さというわずかな違いで、男性と女性の特質を分けてしまう。こんな脳の話を読んでいる分には、やっぱり人間って本当に精密に創られていてすごいな…と改めて思ったりして面白い内容もあるんですが、何かを論証していくという形式ではなく、タラタラと女性のおしゃべりが続くエッセイって感じで、私はそこが嫌でした。

しかも、旦那と息子の話は自慢っぽいというか、ノロケのようで、イライライします。

Joseinohinkaku 後半は、どこか坂東眞理子『女性の品格』(PHP)を思わせる内容だった(右)。ずいぶん前に読んだとき、『女性の品格』は嫌いではなかったと思うんですが、『LOVE BRAIN』の中では、女性の品格っぽいことをノロケの延長上的に語られると、なんか偉そうなこと言われてるように感じます。

強いてよかったことを言えば、私も歳をとっていくのが嫌だったけれど、ちょっとその恐怖心みたいなのが和らいだかな。
ま、それだけ考えて、得たこともあるってことで良しとしようか。。。

でも、女性脳率の高い方々は、「人付き合いの教本」だとか、「読むのと読まないのとでは人生変わる!」とか、「手元に置いて何度も読み返したい」などと評しているので、人によっては肌に合うんだと思います。

そうそう、意外なのは、女性ならバリバリ女性脳100%!男性なら男性脳100%!というよりも、男性脳と女性脳の両方の特性をもつほうがバランスいいみたいね。
でも、個別に異なるそれぞれの脳が尊いんだと思います。

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2009年2月12日 (木)

『シュガーロード』

先日の九州旅行のお伴に、明坂英二『シュガーロード 砂糖が出島にやってきた (長崎新聞新書)』を連れて行きました。

サトウキビから始まる砂糖の歴史、砂糖をめぐる世界の歴史、そして砂糖が長い長い旅の果てに日本に辿り着き、その後どうなったか…
この本はつまり、日本人の視点から砂糖の歴史を描いた新書です。

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Sugarload 大好きな甘味だけれど、私が今手にしている菓子に使われる砂糖には、気が遠くなるほどの長く険しい歴史があったんだと思うと、感慨深くなります。
この本を読み始めてから間もなく、菓子に対して、ただ美味しいから好きってだけのものではなく、もっと深い愛着をもてるようになりました。

砂糖は16世紀に、長崎の出島を経て日本に初めて輸入されたそうです。
今回わたしは、その出島に行ったわけです。
この本を読んでいたから、出島を見学していても16世紀当時の貿易の光景が目に浮かぶようだったし、また出島に行ったからこそ、この本の内容も臨場感がありました。

出島は砂糖の終着点でり、また新たな出発点でもあったわけですねぇ。
そう考えると、歴史も、人生も、ある一点はスタートとゴールの二面をもっているし、その始点・終点は自分で有意義に定めて生きていけたら、いろんなことにポジティブになれそうだなぁ、なんて思いました。…て、ちょっとわかりづらいですかね。

専門用語とか、江戸時代ならではの呼び名とか出てくるし、定時・定点観測ではないし、内容はちょっと難解かも。しかし砂糖について、よくここまで広範囲な資料を調査したもんだと、著者に感心してしまいます。参考文献も、かなり面白そうなものが多くて目移りしてしまう。また絵画から砂糖の歴史を読み解いたりもしてるんですが、美術に携わる者として、絵画をみるにあたっての新たな視点を教えてもらったような気もします。

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砂糖をめぐる、人々のやり取りが面白かった。
たかが砂糖、されど砂糖。
愛あり、楽しさあり、うまみあり、争いあり、涙あり…人類と砂糖の関係は真剣勝負です。砂糖は、嗜好品であり、宝石であり、麻薬でもあると感じました。

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2009年2月 1日 (日)

『なぜ美人ばかりが得をするのか(SURVIVAL OF THE PRITTIEST)』

「美」とは何ぞや?という疑問に対して薦められ、おととい送られてきたのがこの本。
ナンシー・エトコフ著、木村博江訳『なぜ美人ばかりが得をするのか』(草思社,2000)。
邦題はチープな訳がなされてますが、れっきとした学術論文の部類です。

アマゾンでも評価が高かったのですが、本書を星5つ満点で評価するなら、私も文句なしに4.5という高得点をつけます!Stars


ひとが「美」を感じ「美」を求めるメカニズムを、(この分け方が適当かはわかりませんが)生物学、認知科学、心理学、社会学、、、など多方面からのあらゆる研究データをもとに科学的に検証していて、まずそのコンセプト、観点、研究内容からして興味深い。美醜に関する研究が、過去からここまでなされていたとは…

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Nazebijinbakari 原始人から赤ん坊、スーパーモデルからハエに至るまであらゆる事例を取り上げ「美」を検証していて、自分自身の美醜の感覚や審美眼を、遺伝子レベルで客観的に見つめなおすことができ、実に面白い。自分ら人間も、思考をもっているとはいえ地球上で進化してきた動物の一種にすぎないのか、と。つまり美醜の感覚というのは、生物として生き残るために必要な、遺伝子に組み込まれた重要なプログラムなんですねぇ。
そして、結局「美」とは…という最終章のオチというかまとめも、本論のわりに結構意外でおもしろかった(笑) ←あくまで学術的ですけど。

以前大学の美術教育の授業で、「美術の前に、そもそも"美"とは何か?」という問いが与えられたとき、学生は「心地が良いこと」だとか「自分らしくあること」とか実に様々な考えを答えたんですが、私は「天の摂理にのっとっていること」と答えました。本書を読み終えた今、この答えはあながち誤りではなかったと思います。
そしてart=「美術」と訳した日本人はナンセンスだったと、この本を読んで思いました。生物として自分にふさわしい配偶者を選んだり(選ばれたり)、社会で正当な地位を保って生きていくための手段こそが、「美術」と呼ばれるべきではないかと思いました。オス同士のたたかいや、ファッションのために金銭を浪費することも含めてね。

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これだけ面白いのに★が5ではなく4.5理由は、まず邦題と表紙が気に入らないこと!!原題と内容に対して、かなり低俗化されているのが納得いかない!
そしてもう一つが、例示されている研究データがすでに最新のものではなくなっていること。かなり重要な部分で、クジャクの羽=オスが求愛に使う「美」的器官として書かれているんですが、「クジャクって実は羽ではなく鳴き声でメスをひきつけることが解明された」って話、数年前に日本科学未来館発行の科学雑誌「MeSci.magazine」で読んでしまったのですw 『なぜ美人ばかりが…』の初刊が2000年で、「MeSci.magazine」の発刊が2005年だったから、わずか数年あれば研究ってどんどん進むんだなぁ…というのを痛感したのでしたw

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2009年1月31日 (土)

『真贋ものがたり』

結局、ものの価値なんて人間の尺度で勝手に決めるもの。
自分が「価値がある」と思ったら、それで価値があるんだ。

骨董や美術品を中心に、ホンモノとニセモノについて、その定義から考え方、価値の生まれ方や見分け方まで非常にわかりやすく説いています。
一般的には「ホンモノ」がよく、「ニセモノ」がよくないイメージだけど、本書では「ホンモノ」と「ニセモノ」の双方を対比してその価値や意義について述べていて、必ずしも本当に「ホンモノがよい」とも、「ニセモノが悪い」とも言い切れないなと気づかされますね。

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Shiongan_2 新書としてはもはや古い部類ですが、
三杉隆敏『真贋ものがたり』(岩波新書,1996)

真贋の境もあいまいであることがわかる、4章の4節が個人的には一番おもしろかった。

よい本というのは、明確な答えを示してくれるというよりも、「本当に○○は~~か?」とか、「どうして○○なのか?」とか、新たな問いを投げかけてくれたり、疑問をもたせてくれたりするものだと思うんですね。
そういった意味では、「ホンモノってなんだ?」「ホンモノの価値ってどこにある?」と立ち止まるきっかけをくれる本だと思います。

ただ、私にとっての「ホンモノ」「ニセモノ」は、骨董や美術、ブランドの真贋ではなくて、どうしても「素材の真贋」という方向に思考が向かってしまいます。
たとえば、朱色のプラスチックのお椀に対して、「漆器のマネするな、ニセモノ!」って思うし、それを安易に100均とかで買ってる人を見ても悲しい気持ちになる。
それから最近では、重量を減らすために、小中学校で使う習字セットの硯を、なんと石ではなくプラスチックで作っていると知って、本気で憤った!!
子どもを安易に手を抜く方向へ流したうえに、墨を磨るという古来の文化や儀式を抹消するなんて何事だ!!道具の文化という礎をなくして、共に成り立ちし書の文化を語れるものか!!次代に受け継げるものか!!と。。。

…とまぁこんな具合に、素材の真贋に限っては明らかに「ホンモノ」にこそ価値がある。ていうか利便性とかどんな事情があるにせよ、ひとまず「ニセモノ」はあるまじき存在、というのが私にとっての「真贋」の考えなのです。
「真贋」といっても、定義や考え方、価値の見出し方は様々だってのが面白い。
軽いノリで、パラパラっと読める内容ですよ。

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2009年1月30日 (金)

『幕の内弁当の美学』

今週チンタラ読んだ、榮久庵憲司『幕の内弁当の美学』(朝日新聞社,2000)。

旬の食材や身近な食材を多様に取り入れながら、見た目も味も美しく構成し、大衆に向けて運搬や即席といった利便性も図ってうまれた「幕の内弁当」には、日本人のもつ美学が凝縮されている。そしてこの「幕の内弁当」のシステムは、私たちの生活やものづくりの中でも、あらゆる場面にデザインとして見ることができる、という話。

Makunouchibentou_3 駅弁でも、給食でも、おせちでもなく、「幕の内弁当」でなくてはいけない。
あの蓋がついた箱にも、食材が一口サイズだということにも、幕の内という名前にも、すべて文化的な根拠があるというのにも確かに納得。でもそれが本当に「美」学と言えるかどうかは個人的には疑問を感じる。

日本人の文化が「幕の内弁当」に込められているという発想と着眼点は面白いと思います。そして、幕の内弁当の美学を、長所だけでなく短所についても言及している点では、さすがデザイナー。好感がもてました。
でも、「わび・さび」という日本人の重要な美意識や、「マイナスのデザイン」というものづくり精神についても触れるべきではないかと私は感じます。

いやーそれにしても、榮久庵さんの文章は本当に読みにくいですねー
比喩が面倒くさいし、例示が主観に偏ってる気がするし、話は唐突に飛ぶし、1章は特にイラつきました。

そのためか、本書の大筋というよりはむしろ、細かい部分にピンポイントで興味をもてる部分が散りばめられていたといったほうが感想としては妥当かな。
「田」「風」「箱」という一字は、日本人らしい文化を表している、とか。とくに、一定の制限を設けて中で区切る「田」と、さらに蓋をして時間的にも区切りをつけ遮断するという「箱」の話が面白かった。それから以前、日本の「包む」文化についての本を読んだことがあるんですが、その話も想起させました。

幕の内弁当という、あまり気にも留めないような対象に日本人の哲学を見出すという着眼点と根拠に注目し、それを読者なりに批判しながら身近なものへの価値の転換ができれば、本書の内容はマスターです。

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2009年1月25日 (日)

『ブラックホールの科学』

Img_0624_2 「ちょっとだけ…」と読み始めたら最後、結局やることやらずに全部読んでしまった。
羽馬有紗『ブラックホールの科学』(ベレ出版,2008)。
博士とともに宇宙を旅しながらブラックホールや宇宙についての教養を身につけるという構成の、とてもチャーミングな本です。

小学生の頃、NHKを観て世界一の天文台を使いこなす天文学者に憧れていた。
中学生の頃、どうしたら宇宙に行けるかを考えていた。
高校から浪人~大学入学まで、地学にハマり、ハッブル写真集だとか宇宙の本を読みまくった。
大学では、友人と宇宙の神秘について、夜を徹して語り合った。そのくらい、宇宙の話、大好きなんです。

この本の中で一番ワクワクしたのは、
①ダークマター(暗黒物質)の存在
  →「目には見えないけれど、確実に存在する」
   という謎の物質が宇宙空間に存在する。

②ブラックホール付近での光の屈折
  →ブラックホール付近では光の屈折によって、一つの物がいくつも見えたり、
   目の前に自分の後ろ姿が見えたりする。

③重力による時間の流れ方の違い
  →ブラックホール付近と、地球などその他の場所では時間の流れ方が異なる。
   たとえば私がブラックホールに吸い込まれるとき、私にとってはほんの一瞬でも
   地球から見るとゆっくり過ぎて永遠に静止しているかのように見える。

浦島太郎やホラー映画みたいな非現実的な話が、
ブラックホールの周りでは起こりうるというのがおもしろい。
それから、「死んだ人がお星様になる」とか「幽霊がいる」とか、そんな子どもだましの非科学的なことも、まんざらあり得ない話でもないなって考えさせられる。

とにかく、宇宙のスケールと謎とロマンは、
無限大∞∞∞なのです!!

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2009年1月21日 (水)

『いのちの食べかた』

ゆうべシュウロン提出の後に読みました。
森達也『いのちの食べかた』(よりみちパン!セ,2004)。

Inochinotabekata_3 毎日食卓に上る肉は、どのような過程を経て私たちの手元に届くのか…と、知られざる事実を明かしながら、「いのちを頂く」ということや「いのちの尊さ、憐れみ」といったことについて、深い発問から話が始まります。

肉という題材のもとに、食育にはとどまらず、メディアリテラシー、社会の仕組み、差別、戦争と平和、人の心、歴史、政治、宗教哲学、human being…といった、様々な問題について大切なことを教えてくれます。
内容は多岐にわたっているのに、「他のいのちをいただく」というテーマは、根底で一貫している。
一冊丸ごとに高い道徳性が見られる良書といって過言ではないでしょう。

かなり深く研究しただろうなと思うような重要なデータが、非常にわかりやすい平易な文章でまとめてあり、要点が自然な流れで示してあります。
量もページ数も多くないのに、日本人として現代人として知らなければならない色々なデータが一冊で得られて、かなり儲けたと思いました。

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自分では「食」や「命」についても、まぁ意識は低いほうではないかなと思っていたんだけれど、とんだ思いあがりだった。
自分たちが招いてしまった様々な問題をきちんと知らずに、人類全体で目を伏せてきたことも反省させられました。
たとえば、楽しくて大好きな動物園が、私たちの暮らしにどれだけ残酷なつながりがあったか。なぜウサギは動物なのに「1匹、2匹」ではなく「1羽、2羽」と呼ばれるのか。
人間が築いてきてしまった悲しい現実を知って、目からウロコがボロボロ落ちました。

中盤からは、目からウロコではなく涙がボロボロ落ちました。
はっきりいって、悲しいことや衝撃的なこともたくさん書いてあります。
でも、だからこそ見て見ぬふりをするんじゃなくて、真正面から向き合って「知る」ことが大切であると思います。

自分という存在、生きるということ、そして社会の中で自分に何ができるか。
食卓に並ぶ肉を見つめながら、人類にとって根本的な問題をじっくりと考えさせられる良書です。

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2009年1月18日 (日)

『道具論』

Douguron 私の見解としては、藤本儀一の『モノロジイ』を、さらにディープでワイドに広げていった感じだなと思いました。
榮久庵憲司『道具論』(鹿島出版会,2000)。人とモノの関係やモノの存在を、デザイン、仏道、環境、文化、歴史といった様々な角度から語っています。
別の言い方をすれば、モノを介在して人類という存在について考えさせられる内容でした。

内容は面白いんですが、はっきり言って難解です。
語彙や言い回し自体は平易でわかりやすいんだけれども、本人の主観、客観的事実、アカデミックなデータが無秩序に登場している感じで、章立ても論理的に整理されていないというか、話の流れに必然性を感じなくてそういう意味で読みづらかった。

新しい製品を作るとか、買い物をするとか、環境問題を考えるとかいう前に、私たちは人類とモノの関係や、モノとは何ぞやということをまず認識していなければならないと思います。
そういった意味では、デザインと仏道という異なる視点を経験的に持ち合わせている榮久庵さんの論は、新鮮で面白いんじゃないでしょうか。

彼は物欲を掻き立てることを肯定する立場をとっていて、それなのにモノに対してストイックに保守的で、矛盾しているのに納得できて、それが不思議だったし意外でした。
あと、かなり細かい部分だけど、人間のもつ欲に「美欲」が含まれるっていう造語がかなり印象に残ってます。
それから、終盤で道具供養の誓文と称してある五箇条を提言しているんですが、これがなんだかんだいって「提案(デザイン概念のプレゼンのシメ)」みたいになってて、あ~やっぱり仏道とか何とか言っててもデザイナーだなぁと思い笑ってしまった。

もしも手塚治虫さんが生きていたら、この本の内容を漫画にして描いてほしかった!!!!!
竹之内春菜

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2009年1月17日 (土)

『すべては音楽から生まれる』

Mogi_2 私は茂木先生の、なにより専門分野、守備範囲が広いところに惹かれる。
「天は二物を与えず」という慣用句があるけれど、私は、一つの分野に秀でる人は自ずと異なる分野でも秀でてくる場合が多いと思っている。
そのわかりやすい例が彼だと思う。
脳を研究する立場から語るからこそ、音楽についての彼の考えにも説得力があった。

今日読んだ本、茂木健一郎『すべては音楽から生まれる』(PHP新書,2008)
「人生のすべてが音楽である」。この茂木さんの言葉は的を得ていると思う。
茂木先生のいう音楽は、必ずしも「音」として聴覚で認識できるものとは限らないんですが、そういう広い意味で考えて自分の中や周りの音楽を見直すと、音楽って本当にあらゆるものの根底にあります。

ただ、茂木先生の「音楽はすべての芸術をつかさどる」「音楽はほかの芸術と一線を画す」「最も生命原理に近い、生命哲学の根幹にかかわる」という表現には疑問を感じます。
もちろん、音楽を流動やリズムといったように広義にとらえると茂木先生の主張も分からなくはないのですが…
昨日数学の本を読んだ時には、数学だって「あらゆる芸術の根底にある」とも、「生命原理に近い」とも感じました。
そもそも音楽の中にも数学はあるし、逆に数学の中にも音楽はある。
つまり、本来「音楽」とか「美術」とか、他にも「数学」でも「物理」でも何でもいいんですが、学問の分野ってのは宇宙の中の地球に後から生まれた人間が、便宜上勝手に分類して名前を付けたわけでしょ。
だから他と音楽を切り離して考えるのはナンセンスじゃないかと思うんです。

まぁそれはいいとして。
私は茂木先生が本書で挙げていた「無記」の哲学がとても好きです。
いや、好きというか、重要なことに思えてなりません。
簡単に言うと、わからないものはわからないんだから、無理して断定的なことを語ったり答えを出そしたりするのではなく、わからないまま受け入れる、というような思想なんですが。
この「無記」という考えが、昨日読んだばかりの『世にも美しい数学…』とリンクしました。
数学者は、一生を賭してでも発見された定理が正しいかどうか証明しようとする。
分からないまま終わらせるのはダメなんですね。
そこが私には理解できないところでした。
何事も論証する必要はないじゃない。もっと心のままに感覚で生きてもいいじゃない。
理屈抜きで、いいものはいい。悪いものは悪い。
必ずしも証明する必要なんてない、そう言いたかった。
茂木さんは音楽の話の中でしばしば数学も持ち出すんですが、そんなわけで昨日読んだ数学とリンクたわけです。

しかし「ライブ」(生演奏)は確かに旋律=戦慄を感じさせてくれますね。
私は素人ですが、クラシックをホールまでお金を出して聴きに行くこともあります。
それから先日、身近なひとに某和楽器を目の前で演奏してもらい感動しました。
そして生演奏を聴いたあとは生命に新鮮な水が流れ込む感じで、新しい発想も湧くしやる気とパワーが自然な感じにみなぎってきます。
茂木さんの言うように「音楽のように生きる」って、こういうことなのかなーと思ったり。

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2009年1月16日 (金)

『世にも美しい数学入門』

Yonimoutsukushiisuugaku_2 最近読んだ本。というか、今朝の目覚めの勢いで読んだ本。
藤原正彦/小川洋子『世にも美しい数学入門』(ちくまプリマー,2005)

テスト前に勉強するのが嫌で「数学なんて勉強して、何の役にたつの?!」
なんて文句を垂れていた高校時代を思い出します。
でも今日、「役に立たないからこそ、数学と向き合う」べきだということが、ストンと腑に落ちました。
学校教育の教科としての数学では、数学のもつ根本的な不思議さや美しさ、愉しさといったものを教えるべきだと本当に思います。

先日読んだ某アーティストのエッセイの、「永遠なんてない」という言葉が頭に残っていました。
でも、少なくとも数学の中には「永遠」が確実に存在すると、この本を読んだ今の私には断言できます。
(別に∞が永遠に続くということではないんです。)
なのに、どんなに普遍的であっても、文化という土壌ではぐくまれてきて国や地域で異なる様相を持つというおもしろさも数学は持ち合わせている。

ところで、美術を専攻してきた私にとって、「美」というのはしばしば議論のテーマです。
美の定義とは…?美は普遍的なものなのか…?美ありきか、ヒトありきか…?等々。
以前、M歩ちゃんと「美」という概念について話し合ったのを思い出しました。
「美」という漢字は、羊が大きいこと。これは何を意味するか?とか、
webを扱う人間の言う「美しい」は、C言語が整理されていて合理的なこと、とか。
でもこの本の中で提示される定理や数式を見ていると、感覚的にだけど
確かに美しいということがわかるんですよ。
美しい数式は、本当に美しい。

数学者とか理系人間て、理論や理屈、合理性でものを考えるカチコチの頭を持ってるのかと思ってました。(偏見ですよね、すみません。)
でも、数学者こそ美意識を持っていないといけないし、詩人であり独創的なセンスだとかひらめきを持っていないと学者として務まらないのだということが解り、驚きました。
確かにミケランジェロやダヴィンチを見ても、理科と芸術ってつながりが強いのを感じますし、創造力や想像力て、すべての学問に通じていますよね。

そういえば、学者(科学者を含めて分野を問わず)は一流になればなるほど、神という非科学的な存在を肯定するという話を以前どこかで読みましたが、本書の中でも当然に神が存在している前提で話が進み、神が擬人化されて書かれてるのが興味深かったな。

数学って面白いし美しいのはわかるんだけれども、数の概念の世界は宇宙を超えるほどスケールがデカくて気が遠くなってしまいます。
フェルマー証明のために自殺した数学者の話とか、一つの数式の証明のために人生を棒に振るだとか、まあなんでも本気でやれば様々なリスクは背負うことになるんでしょうが、数学のそれはあまりに怖いと感じます。
とりあえず、自分は絶対に踏み込まない領域だなというのは確信しました。

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2009年1月13日 (火)

『モノロジイ』

「モノにも命がある」というような比喩を目にすることはありますが、藤本義一の『モノロジイ』(グリーンアロー出版,1996)を読んでみてください。
身の回りのモノには、命どころか感情や引力が宿ってるかも…なんて思えてくるかもしれません。

べつにオカルトな内容でもなんでもないんだけれど、モノは自分の写し鏡とでもいうか。
モノを通してヒトを見ることができるし、その逆もまた然り、なんてことを考えさせられます。

私は曲がりなりにもプロダクトデザインをかじっていて、やはり「モノ」って気になる対象。
それだけに、人とモノの関係というのを結びなおして考えるきっかけにはなりました。
随筆なので単純に面白し、結構好きな本です。
モノ+~logyで「モノロジイ」なんていうセンスにも惹かれる。

Monology_2

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2008年12月18日 (木)

『創―日本人のくらし』

秋岡芳夫『創―日本人の暮らし』(玉川選書)は久しぶりに読みました。もう冗談抜きに5~6回読んでます。
秋岡先生の本は、読むたびに新しい発見が一番多い本だと思う。

日本という自国家や自民族について考えるには様々な切り口がありますが、
私にとって「木」や「ものづくり」というのは最も身近でわかりやすい切り口です。
この本は、自分の暮らしをちょっと視点を変えて見ることを通して、日本人としての伝統や誇りを、とても自然な形で腑に落としてくれました。
「創」なんてタイトルついてますが、私には、日本人にとって「くらす」ってこんなことじゃない?と投げかけられた気分です。

ついでにいうと、この本と一緒に、秋岡芳夫『デザインとは何か』(講談社新書)を併読すると、心と頭にスコン!ってなります。

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2008年12月16日 (火)

『絵引民具の事典』

Mingu やばい、ツボでした…

工藤員功、中村啓治『絵引民具の事典』(河出書房新社,2008)。

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2008年11月26日 (水)

『ペンギンの憂鬱』

アンドレイ=クルコフ著、沼野恭子訳『ペンギンの憂鬱』(新潮クレストブックス)。
先日実家に帰った時に、ペンギン好きの父が「ペンギンが出てくる小説、中古で買ったんだーlovely」と見せてきた。
ロシア(旧ソ連解体前)の、ペンギンと一緒に暮らす物書きの話。
ほんのちょっとだけ読んでみたら、喋らないけど動き回るペンギンのしぐさなど描写が愛らしい。
ペンギンを飼いたくなってしまった。

fish ~~~      ∑あっ!エサ!penguinpenguinpenguin=3

ペンギンじゃなくてもいいから、部屋の中を歩き回って、意思表示をしてきて、話を聞いたりしてくれる、かわいいペットがほしくなった。

本の続きも読みたかったのだけれど、父がまだ読み始めたばかりだというのでガマン。
読み始めからすると、なかなか面白くなりそうな話だ。

Penguin_3

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2008年10月26日 (日)

『O型 自分の説明書』

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私はO型です。
友人が持っていた、いまどこの書店にも並んでいる
話題のJamais Jamais『O型 自分の説明書』(文芸社)。
□にチェックを入れていく形式で、最後に自分のO型度を診断。
(小文字は個人的な所感です)







□かなり勝負強い。
□なんて言うか、相当な負けず嫌い。
□じゃんけんに負けただけでも、ちょっとイラッとする。

勝負強いっていうより、勝てる勝負しかしないんですよね。
で、初めから負けがわかってる場合は、負けても悔しくないの。

□身に覚えのないアザがある。
□押すと痛い。
□のに押す。

ちなみに切り傷もある。気付かないうちにかさぶたになってたりもする。

□ウソをつくのは苦手。
□がんばってウソをついても絶対にバレる。

取り繕っても裏目に出る。なので面倒だから嘘はつかない。
(ついたけどバレバレだった。恥ずかしくなった。一度で懲りた。)

□理屈をこねられると腹が立つ。
□「理屈よりもハートだろうがぁ!」
□ルールとか操作が複雑なゲームはめんどくさい。

O型が単純だといわれる所以なのだろうか。
世の中、わかりやすく本音で正直に生きるのが一番だと思うよ。

□押し入れで寝てみたい。電気とかいろいろ持ち込みたい。
□秘密基地がほしい。昔も今も。いや、今の方がもっと。

幼少期、「押し入れで寝てみたい」と母に申し出たら
「アンタふすま破って落ちるわよ」と一蹴りされた。

□ノートの端っこに、授業とは関係ない独り言を書き込む。
∑えっ 何で知ってんの?!
…先日、仕事に使っているノートを見直していたら、ページの隅に一言
「一筋縄じゃいかねぇ」。えっ?なにが、、、?

□だいたいのことは「五感」で記憶する。
 ニオイとかその場の空気とか。

場所は地図ではなく、周りの雰囲気や思い出など、心と体が覚えている。
季節の変わり目はにおいで判断する。
人が近づいてくると、足音やにおいで誰だか分かる。名前覚えてないのに。

□ケガをすると妙にテンションが上がる。
そしてネタにして、人に話して笑いをとる。
「ガシャーンってぶつかって、すりむいて、血がドバーッ!でも骨折とかしなかった!」
こんな話は、特に子どもが大喜びする。


…引用はこんなもんにしとこう。
かなり図星。研究されてますなぁ。
まだまだ図星項目、たくさんあります。いや、これはほんの一部。
「そうか、この悪癖は血液型のせいか!仕方ない!」と、自分を正当化して安心したり。
ときどき変な挿絵も入ってて、友人と爆笑した。

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2008年10月17日 (金)

『説得』

久々の文学作品、オースティンの『説得』(キネマ旬報社)。
大好きな映画『イルマーレ』に出てくる小説で、地元の図書館から借りてたんですが…
ハッピーエンドかどうかだけ、誰かに聞いてから読もうと思ってるうちに時間が経ってしまい、図書館から返却催促のハガキがきてしまった。

「ハッピーエンドかどうかなんて、読んでみればわかるじゃん!」と友人から突っ込まれましたが、絶対にアンハッピーエンドの物語は読みたくないのです。
読んでから「悲しい結末だった」ってわかるのは、嫌。
だって読んだ本の結末が悲しいと、1週間くらい引きずるもん。
『イルマーレ』を見た感じだと、微妙な感じでした。

Book_settoku どなたか読み終えた方いらっしゃいましたら、結末がハッピーなのかアンハッピーなのかだけ、こっそり教えてください。

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2008年10月13日 (月)

『THE・造船』

先日10月11日のブログの「港、船着き場、船舶好きの私」という言葉に反応してくださった方がいました。なので今日は写真集の紹介。

ふくはらあきお『THE・造船 常石造船』(エースデュースエンタテイメント,2008)。
私は動物や、子ども、街並みなどテーマを問わずアーティスティックな写真集が好きなんですが、この本に出会った時には感動しました。

ちょっと前に「団地萌え」「工場萌え」なんて言葉が出て、団地や工場の写真集は出版されているようだけど、造船所の写真集なんて、なかったから。

鉄くさく、泥くさそうなんだけど、なんか静けさもあるようで美しいんですよ。
海というマクロの視点から、船舶に使われる金属部品のミクロの視点まで、あらゆる角度から、知らなかった世界が覗ける。
写真の中には、形ある船舶以外にも、技術や文明の発達のすごさを感じさせてくれるダイナミックな風景が詰まっている。

Zousen_3 私は港町「ヨコハマ」出身だからでしょうか、あの薄汚くせわしく無機質な「港」が好きなんです。
気づいたら、旅先などで自分で撮った船着き場の写真データがたまっていました。

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2008年10月 3日 (金)

『ブランドビジネス』

今日は別用で地方に出張中~。なので最近読んだ本の紹介。
三田村蕗子『ブランドビジネス』(2004,平凡社)。修士論文の関係で、「ブランドもの」についてもネタ集めをしているわけです。

Img_1451_2 とりあえず私が「ブランド」に関して思うことを一言で言うと、「よいものは、よい!わるいものは、わるい!」ということ。ブランドだろうがノーブランドだろうが、一点ものだろうが大量生産品だろうが、手作りだろうが機械生産だろうが、高価だろうが安物だろうが…。ただ、見栄や流行で価値判断をするようなブランド志向・ブランド狂信者にはなりたくはない。

いや~しかし、いわゆる高級ブランドといわれる会社は、腹黒いなぁ。裏側はこんなに嫌味でズルな世界だったのよ。
みんなが持っているからと言ってヴィトンのモノグラムを選んでしまうような人には、ぜひこの本を一読してほしい。そして考えていただきたい。本当に「よいもの」とは何なのか。そのLVの文字に、何万円も払う価値が本当にあるのか。

本当の意味で賢い消費者を育てるために、学校教育は何をしたらよいのでしょうか。

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2008年9月27日 (土)

『手仕事の日本』

久々に柳宗悦を読んだ。『手仕事の日本』(岩波文庫,1997年)。職人やデザイナー、芸術や工芸など、ものづくりに関する評論や随筆がとても好き。

Book_yanagi_2 この本の中では、宗悦とともに全国を旅行しながら各地の「手仕事」「工芸品」に出会うことができます。
本の中で全国を旅して思うのは、「日本人たる自分、我が国のものづくりの伝統や手仕事をどれだけ知っているだろうか?」という、反省にも似た思い。この本の初版は1985年だけれど、20年以上たった今、「手仕事」の現実は当時と比べどう変わったのだろうか。20年かけて、宗悦の叫びは現代に響いてきたのだろうか。

あー柳宗悦といえば、彼がつくった日本民藝館というおもしろいものが京王線「駒場東大前」にあります。私はここのミュージアムショップでやきものなど和食器を探すことがあります。

民藝館ではいま「韓国の鍵と錠」展をやってるようですね。金属好きは行きたい!!

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2008年9月19日 (金)

『手仕事の道具百科』

今日はもともと、ドライブに連れて行ってもらうはずだった。でも、流れてなくなってしまった。晴れの日のドライブを思い描いていたので、雨だったのがせめてもの救いだ。諦めついた。

いいこともあった。上司の先生から、本を頂いた。
ずっと以前から図工準備室に置いてあって気になっていた、『手仕事の道具百科』(ダイアグラム・グループ著,1988草思社)。
「この本ずっと気になっていたんですが、読んでいいですか?」
「どうぞ」
「お借りして、家で読んでもいいですか?」
「あーそれ、あげるよ」
「!!!!!!!!!!」
感激です!
Img_1116cut 手仕事をカテゴライズしてあり、そこで使う道具を詳細に紹介している。よく知られた道具から、かなりマニアックな道具まで掲載されているので、道具マニアの私にはまさにバイブルです。

いま、ゆーっくりペースでぱらぱらと読み進め始めており、マイナーでマニアックでコアなお気に入りの道具を探しています。

私は鉄や木材の匂いのするDIYショップや工具売り場、古道具屋なんかの方がはるかに好き。ネジやクギ、ハンドドリルやノミ、カンナなんか見ると萌えます。なのでこの本は、一冊丸ごと「萌え」なのです。

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