『真贋ものがたり』
結局、ものの価値なんて人間の尺度で勝手に決めるもの。
自分が「価値がある」と思ったら、それで価値があるんだ。
骨董や美術品を中心に、ホンモノとニセモノについて、その定義から考え方、価値の生まれ方や見分け方まで非常にわかりやすく説いています。
一般的には「ホンモノ」がよく、「ニセモノ」がよくないイメージだけど、本書では「ホンモノ」と「ニセモノ」の双方を対比してその価値や意義について述べていて、必ずしも本当に「ホンモノがよい」とも、「ニセモノが悪い」とも言い切れないなと気づかされますね。
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新書としてはもはや古い部類ですが、
三杉隆敏『真贋ものがたり』(岩波新書,1996)
真贋の境もあいまいであることがわかる、4章の4節が個人的には一番おもしろかった。
よい本というのは、明確な答えを示してくれるというよりも、「本当に○○は~~か?」とか、「どうして○○なのか?」とか、新たな問いを投げかけてくれたり、疑問をもたせてくれたりするものだと思うんですね。
そういった意味では、「ホンモノってなんだ?」「ホンモノの価値ってどこにある?」と立ち止まるきっかけをくれる本だと思います。
ただ、私にとっての「ホンモノ」「ニセモノ」は、骨董や美術、ブランドの真贋ではなくて、どうしても「素材の真贋」という方向に思考が向かってしまいます。
たとえば、朱色のプラスチックのお椀に対して、「漆器のマネするな、ニセモノ!」って思うし、それを安易に100均とかで買ってる人を見ても悲しい気持ちになる。
それから最近では、重量を減らすために、小中学校で使う習字セットの硯を、なんと石ではなくプラスチックで作っていると知って、本気で憤った!!
子どもを安易に手を抜く方向へ流したうえに、墨を磨るという古来の文化や儀式を抹消するなんて何事だ!!道具の文化という礎をなくして、共に成り立ちし書の文化を語れるものか!!次代に受け継げるものか!!と。。。
…とまぁこんな具合に、素材の真贋に限っては明らかに「ホンモノ」にこそ価値がある。ていうか利便性とかどんな事情があるにせよ、ひとまず「ニセモノ」はあるまじき存在、というのが私にとっての「真贋」の考えなのです。
「真贋」といっても、定義や考え方、価値の見出し方は様々だってのが面白い。
軽いノリで、パラパラっと読める内容ですよ。
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